REPORTvol.1
「春牡蠣は絶対に旨い!」と呟く男たちが出会ったら…? 運命が動き始めた日、の巻
“ まず、春の牡蠣に対する思い込みを取り去らないといけない。皆さん、暖かくなったら牡蠣は食べられないと決めつけていませんか? ” (大学教授・羽倉義雄)
♪春を愛する人は~、牡~蠣を好む人~。
突然ですが皆様「春牡蠣」ってご存知ですか?名前の通り、3~4月、要するに春に水揚げされる牡蠣のことです。ここ広島では春になると、飲食店でもご家庭でも、牡蠣に対するテンションは下がりがち。ところが実は広島の牡蠣は、一般的に旬とされている冬同様、春もおいしいのです。近年は春が来るたび、テレビや新聞などで春牡蠣の話題が取り上げられることもありますが、その魅力はいまいち世間に浸透しておりません…。時は令和。今こそ!「牡蠣食う研」が原動力となり、春牡蠣への扉をノックするべき時ではないでしょうか。
(取材・文/牡蠣食う研 羽倉義雄、田中伸弥、大須賀あい)
哀愁漂う男のそぞろ歩きに 牡蠣食う研イチの美女が動いた
2月某日。我々牡蠣食う研、広島駅西エリアの繁華街・通称エキニシを寂しく歩く殿方の姿をお見かけしました。
「ああ、今年も春が来てしまう…。春が…。どうして春牡蠣の…春牡蠣のおいしさに、みんな気づいてくれないんだろう…春牡蠣…春牡蠣…春牡蠣…」
無茶苦茶大きなひとり言です!
「こ、これは…。牡蠣にまつわる悩みを吐露しながら歩くだなんて、さぞやあの方の牡蠣愛は深いに違いない。どれ、牡蠣食う研として声を掛けましょうか(と腰を上げるやいなや)」
「ちょっと、そこのナイスミドル!」
いち早く男性の前に立ちはだかったのは、牡蠣食う研エキニシエリア担当として、飲食店様での牡蠣メニュー提供などをプロモーションする、大須賀あい研究員です。
「わ、私のこと…?」
「エキニシをそんなしょぼくれた顔して歩くなんて、この大須賀あいが許さないわよ。…いったいどうしたって言うんですか?春牡蠣、春牡蠣ってうわごとのように呟いていましたけど…」
「見知らぬお嬢さん、ありがとうございます。実は私、広島大学で食品工学を専門に研究している、羽倉(はぐら)という者です。2011年に、『牡蠣のうま味のピークは春!』という研究を発表したのですが…」
「ええっ!もしかしてあなた…この研究を行った水産学博士の羽倉義雄教授ですか!?」
研究:牡蠣のうま味成分の変化
「いかにも、私がその羽倉です。まさにこれ、私の研究ですね。牡蠣のうま味成分であるアミノ酸とグリコーゲンの含有量の1年間の変化を調査したものです。ご覧いただいて分かるように、牡蠣のうま味成分が最も多くなるのは2月~4月。つまり…春なんですよ!」
「誰です? この人。そしてこのグラフは…?」
「す…すごい人に会ってしまった…!大須賀研究員、この方はですね。食品の加工や保存を研究する『食品工学』の第一人者!今では牡蠣の冷凍に関する研究をかなり深くおやりになっているお方なのですよ!!!」
「私がこの春牡蠣の研究をしてから10年近く経つのに、まったくその事実が世間に浸透しなくて…。もったいない、もったいないなあ…って、春が来るたびに憂鬱な気持ちになるんです」
「ああ、なんということでしょう。このエキニシで、羽倉教授と春の牡蠣のおいしさについて語り合える、春牡蠣愛のある飲食店さんに出会わせてあげたい…!大須賀研究員、エキニシでどこかいいお店知りませんか!?」
「そういうことなら任せといて(キリッ)。実はエキニシにもいるんです、春の牡蠣を心底愛する男が!」
「ほ…本当ですか!?」
「さ、こっちよ…。来て…」
路地裏の小さな鉄板焼店は
牡蠣料理の宝庫だった!
大須賀研究員が手招きした先は、エキニシ北端のとある店。扉を開けると、その向うに待っていたのは…
「いらっしゃーーーい!」
「あなたは…?」
「(ク、クラブフワトロ…)」
「春牡蠣の話をしたいんだって?その前に、まずはうちの牡蠣を食べてみてよ…!」
…ってことで、まずはもぐもぐもぐ…
「あー、おいしい。蒸し牡蠣の火加減がすごくいい!」
「この牡蠣燻製のオイル漬けは香りがすごいですね!チップは…桜ですか?私も大学で牡蠣の燻製を使ったレトルトカレーを開発したりしているんですが、これはいい!」
「うん。このバター焼きもいいですね。柚子ポン酢付けて食べると止まらなくなっちゃう(笑)」
「いま2月末ですが、蒸し牡蠣は牡蠣の身が大きく、バター焼きはしっかりと締まっていて味が濃いように感じます。これが春に向けてもっと質が良くなるのでしょうか…?」
「シーズンにもよるけど、3月くらいからまたぐっと甘味が増して、身が黄色くなってきますね。いまうちで使っている牡蠣を仕入れるのは今年で4シーズン目なんですが、だいたいゴールデンウィーク前くらいまではその年の牡蠣を食べることができます。春の牡蠣は縮みも少ないし、燻製にしても身が大きいままで、本当に質がいいんですよ」
「エキニシなんて久しぶりに来たけど、こんな素晴らしいお店があるなんて…(感涙)」
食事も終わったので、3人は春牡蠣についてさらに深く語らうことに…
「さて、改めて伺っていきたいのが『春牡蠣のおいしさになぜ目覚めたのか』ということ。羽倉教授は春牡蠣のうま味に関する研究をされるにあたり、どのようなきっかけがあったのでしょうか?」
「実は依頼を受けたんです。最初は呉市の音戸漁業協同組合さんで講演をすることになって、牡蠣のおいしさについていろいろとお話をしたんですね。そうしたら漁協さんから『正月を過ぎると牡蠣の価格は急に下がり、さらに売れなくなるし、食べる人も減ってしまう。春の牡蠣は本当においしいので、もっとたくさんの人に食べてもらいたい』という相談を受けまして。そこで、2009年と2010年の丸2年間、毎月1回、呉市音戸の生産者さんの同じ牡蠣筏から牡蠣を採って大学に持ち帰り、グリコーゲンとアミノ酸の成分分析を行ったんです」
「その結果が、先のグラフですね」
研究:牡蠣のうま味成分の変化
「秋口くらいからグリコーゲンやアミノ酸などのうま味成分がどんどん増して行って、ピークとなる2月~4月はほとんど量が変わらないんですね。これは1年物の牡蠣も2年物の牡蠣も同じでした。実は、これ驚くべき結果でもなくて、ある程度、想定はできていました。30~40年前に書かれた“牡蠣の教科書”とも言うべき書籍に、春牡蠣の研究に関する部分があって、私の研究結果は当時の調査通りだったんです!」
「そんな昔に、春牡蠣のおいしさについて書かれてる本があったとは驚きですよ!ちなみに田中店長の春牡蠣の目覚めは?」
「数年前に、ある牡蠣生産者さんと出会い、春牡蠣がおいしいと言われて…食べてみたら本当においしかった。僕の春牡蠣の目覚めは、そういうシンプルな体験からでしたね。それまでは、多くの広島のみなさん同様、牡蠣は春が来れば終わるものだと思っていましたから、本当においしい春の牡蠣を食べて“目覚めた”という感じです」
「えっ」
「珍味って感じで」
「ですね。卵を持ったら扱いをやめる店は多いけど、僕もアリだと思います」
「ええええええっ」
「見た目で敬遠しちゃう人もいるけど、もったいないよね。あれですよ、若い人が好きなやつ…タピオカ!あれ喜んで食べるのと一緒でしょ。牡蠣の卵もプチプチしてておいしいんですから」
「ええええええーーーーーーーーーーーーーー」
「まあ、卵の食感をどう感じるかというのはあると思います」
「食感もそうですけど…卵を持つようになると身の味にエグみが出る、なんて意見もよく聞くじゃないですか」
「あぁ、それね。卵を持つことで、苦みを感じるアミノ酸の量が増えている可能性はあります。それをエグみと感じているのかも。でも、それが旨いって感じる人もいるんですよ…僕みたいに。そもそも魚卵は食べるのに牡蠣卵はなぜ食べないんだ、って思いません!? そうそう、さっきから卵持ち牡蠣に否定的なことをおっしゃいますけど、あなた卵をもった牡蠣を食べたことはあるんですか?」
「ぐぬぬ…ないです。もしかしたら、先入観だけで食べてなかっただけかも。この春、ぜひチャレンジしてみたいと思います」
「それがいいですよ(にっこりと)。ただ、いきなり卵持ちから始めるより、まずは卵を持つ前の春牡蠣から食べるようにしてみてください。断言しちゃいますけど、それを食べたら、あなたにとって新しい牡蠣の扉が開くことでしょう」
飲食店の目線で言うと
春牡蠣はおいしくても売れない?
「感じるのは、早いお店だと2月末にはそのシーズンに採れた広島県産牡蠣を出すのをやめてしまうということ。3月に出ていればいいほうで、『フワトロ』さんのように4月まで牡蠣を持ちこすお店は珍しいです。あ、もちろん、鮮度の良い状態で冷凍した牡蠣を、年中提供されているお店はたくさんありますよ。良く聞くのは、『温かくなると牡蠣がパタンと出なくなる。仕入れても売れないからしょうがない』という声ですね」
「素朴な疑問なのですが、なんで広島の牡蠣熱は春になると萎んでしまうのでしょうか?」
「まず“思い込み”を取り去らないといけないと思いますよ。皆さん、暖かくなったら牡蠣は食べられないと決めつけていませんか?」
「それは広島県民として、否定できないところですね」
「もちろん仕方ない部分もあります。広島の人は牡蠣に近すぎて、衛生管理も冷蔵技術も未熟だったはるか昔の記憶(祖父母や親世代の話を含めたネガティブイメージ)が染みついていて敬遠してしまいがちですしね。あと、昔は牡蠣と言えば鍋だった。春になると鍋そのものを食べなくなるので、自然と牡蠣の季節が終わるみたいなこともあるのでしょう」
「そもそも、春牡蠣って言葉自体も知られていない(涙)。これから3月になったら、『そろそろ春牡蠣の旬が来ますよ~』って大声で言っていくしかないですね!」
「いっぽうで、観光客は年がら年中、広島では牡蠣が食べられるものだと思って来ている…という印象もあります」
「そこなんですよ!うちは観光のお客さんが多いので、春牡蠣もよく出るんです。そして、牡蠣を長く出せるのはうちの強みだと思っています。まだ牡蠣が食べられる、ラッキー!って思ってもらえるわけですから。去年なんて終わりが遅くて、GW明けまで(冷凍ではない)その年の牡蠣を出せていました。それ以降は次の牡蠣の季節まで冷凍に切り替えますが、基本的に一年中牡蠣は出しています」
「なるほど。春牡蠣が観光の“武器”になるってことは、もっと知れ渡っていい気がしますね」
結局、春牡蠣を広めるには
どうすればいいんだろう…
「春牡蠣がおいしい」という事実が定着しない理由。それは暖かくなると広島の人の牡蠣熱が冷める、であったり、それに応じて飲食店が牡蠣を出さなくなる、であったり様々あるようでございます。
「せっかくおいしい牡蠣が作られているのに、広島の方々や観光客の皆さまにそれが広く提供できていないのだとすれば、非常にもったいないことをしていると思います。我々としては、どうにかして広島の春牡蠣を多くの方々に食べていただけるように変えていきたいんですよ」
「どうすれば変えていけるでしょうか。フワトロさんは、春牡蠣メニューを推していて、お客さんにも喜ばれています。シンプルに、こういうお店が増えていけば皆が牡蠣でハッピーになれると思うんですよね」
「他のお店の方のことについては、僕が口を出すことでもないのでなんとも言えませんが、僕はこれからも広島のおいしい牡蠣をいい意味で“利用”していきたいと思っています。これは春に限らないけど、海域によって牡蠣の味が違います。それが広島の牡蠣のおもしろいところ。うちで扱っている春牡蠣メニューの牡蠣は、身が小さいものでも味が濃厚で本当においしいんです」
「そうそう!それ気になっていたんですよ。フワトロさんって、お店の牡蠣をどこの生産者さんから仕入れているんですか?他にも春牡蠣を提供したいというお店が現れたら、教えてあげたいです!」
「うちは音戸海産さんですね。僕の牡蠣観は、ここの春牡蠣を食べてガラリと変わりました。ここの春牡蠣、本当に最高です」
「え!また音戸ですか。10年前、羽倉教授に春牡蠣調査を依頼したのも音戸漁協さん…」
「音戸には春牡蠣に熱い生産者さんがたくさんいるということですね…!田中さん、よかったらその方紹介していただけますか!?」
「いいですよ…っていうか、もうすぐ来ます、配達に」
「音戸からですか!?片道1時間はかかりますけど…(←呉市出身)」
「よし、ここで会ったも何かの縁。音戸海産までお邪魔して、春牡蠣生産の現場を見せていただきましょう!」
「えー、私も行きまっす!呉っ子として見逃せない!」
「羽倉教授、フワトロさん、お二人もこれで牡蠣食う研の仲間入りです!(半ば強引に)最後にお揃いのシャツを着て士気を高めましょう!これから~、我々で~、春牡蠣を~~~~、盛り上げるぞ!!!!!!!!!」
そんなわけで、次回は呉市音戸の生産者「音戸海産」さんを直撃訪問!自社の牡蠣に「かきむすめ」と名前を付け、ブランド展開をするという戦略を1989年にいち早く開始。これと見込んだ飲食店には毎日音戸から直接牡蠣を届けるという、牡蠣愛のこもった生産者さんです。生産者の側から見た春牡蠣の魅力、おいしさ、なぜ普及しないのか…に迫るインタビュー。乞う、ご期待!
撮影:中野一行
記事で紹介している春牡蠣メニューが食べたくなったら…
Hiroshima Tamago Club Fuwattro
ヒロシマタマゴクラブフワトロ
- 電話
- 082-261-6022
- 場所
- 広島県広島市南区大須賀町10-7 Google MAP
- 営業
-
- 18:00-LO翌2:00
- 定休
- 不定休
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今回の牡蠣食う研究
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“牡蠣食う県” 広島県でも意外と知られていない!? 春の牡蠣のおいしさを世界中の皆様に広めたい!