REPORTvol.2
発見!呉市音戸で『春牡蠣』カルチャーの普及に全身全霊を捧げる親子、の巻
“ 僕は毎朝うちの牡蠣を食べています。毎朝食べると、味が変わった瞬間が分かるんですよ。3月中旬の牡蠣はね…噛んだら、パチュン!ってなるんです。身がパンパンなので! ” (牡蠣生産者・栗原単)
「春の牡蠣は冬の牡蠣と同等…場合によってはそれ以上においしい!」。前回記事にて、広島であまり食べられていない“春牡蠣”が、もっともっと愛されることを夢見る男たちと出会った牡蠣食う研。なぜ、春牡蠣は今一つ普及しないのでしょうか。そもそも、春牡蠣って本当においしい…のでしょうか!? そんな疑問を抱えた牡蠣食う研は、一路、呉市音戸町へ。春の牡蠣が好きすぎて、自ら飲食店さんに春牡蠣の良さを勧め続けている生産者が、この地にいるというのです。いったい、どんな人たちなのでしょうか…。
(取材・文/牡蠣食う研 栗原富士雄、栗原単、大須賀あい)
牡蠣食う研は見た!
“美人牡蠣”水揚げの瞬間
3月某日。春は名のみの風の寒さや~。我々牡蠣食う研、広島市内から車で約1時間の港町、呉市音戸町にやってまいりました。穏やかにたゆたう音戸の海。心が洗われるのを通り越して漂白されそうでございます…。………ていうか、寒い!
「ささささささささささささ寒い(ガクブル)!こんな日にスプリングコートで来るとは痛恨の極みです…。ダウンジャケットで来るべきでした…」
「情けないわよ☆牡蠣食う研!」
本日の取材を担当するのは、牡蠣食う研メンバーで呉市出身の大須賀あい研究員(属性:サーファー)でございます。「次回取材は呉!」と決まった瞬間、参加を名乗り出てくれました。呉っ子の呉愛は本当に強い…。
「寒いくらいでだらしない。春牡蠣のおいしさの秘密を探るんじゃなかったの!? シャキっとしてくださいよ、シャキッと!」
「先輩、付いていきます!(直立不動で)」
本日お邪魔したのは、呉市音戸町「音戸海産」さん。
こちらでは、1988年より自社の牡蠣を「かきむすめ」と名付けて販売。それこそ愛娘のように手をかけて育て、その魅力を出会う料理人出会う料理人に熱くプレゼンテーションしてこられました。みごと思いが通じ合い「この人こそ」と思った料理人・飲食店さんには、自ら毎日訪問して牡蠣を納品しているというのです。いわば、逆指名型生産者…!
「いらっしゃい!ようこそ音戸へ」
「音戸海産」さんでは、3月~4月の牡蠣を「春牡蠣」として重点的にPRされているとのことで、インタビューに先立ち朝6時から(!)、水揚げのもようを見学させていただきました。時は3月上旬。現地に着いた時はほぼ夜でしたが、音戸沖から船で約20分ほど移動する間に、朝焼けを拝むことができました。
こちら、朝7時頃の牡蠣筏のようす。
美しい!
「…あ、ヘルメットをかぶった方がええわ、危ないけえ」
ザバアアアアアアアアアアアアア
「わああ、これはダイナミック!海の男って感じでかっこいい!」
「大須賀研究員、牡蠣のついているワイヤー、1本10メートルくらいあるんですよ。ワイヤーを切ったら上から牡蠣が落ちてきますから、頭上に気を付けてください」
「なるほど、こりゃあ確かに要るわ、ヘルメット!」
「音戸海産」さんの水揚げ作業は、毎朝5時30分~6時頃から船を出し、2時間ほどかけて行われるそうです。この日はひととおり水揚げの様子を見学させていただいた後、港にて改めてお話を伺いました。
毎朝牡蠣を食べ続けていると
味が変わる瞬間が分かる!?
「今日は貴重な体験をさせていただきありがとうございました。さっそくなんですが、今年の牡蠣は今、どんな感じなんでしょうか?」
「実は、僕は毎朝うちの牡蠣を食べています。毎朝食べると、味が変わった瞬間が分かるんですよ」
「はい?瞬間が?分かる?」
「ええ。今年は、1月21日から味が良くなりましたね」
「そんなこと分かるんですか!?」
「うちの牡蠣は分かりますねぇ。旨味が変わって、ああ本番だな~、と」
「す…すごすぎる!一日刻みで味を感じておられるのですか!?」
「今年は暖冬だったので少し遅めですけどね。毎日食べていると、味が変わってくるのが本当に分かるんですよ。牡蠣が出始めの11月頃は、ちょっと海の香りが強い爽やかな味。だんだんと身が入って2月になると、みんなが知ってる牡蠣の味が仕上がってくる。それで、あ、もう終わり?と思いきや…」
「思いきや…?(ゴクリ)」
「3月中旬の牡蠣はね…噛んだら、パチューン!って弾けるんです。身がパンパンなので!」
パチューーーーーーーーーーーーン!
「めっちゃおいしそうな響きですね!パチューン!」
「パチューンの時期の牡蠣は、旨味と食感のバランスが絶妙!毎日飽きるほど牡蠣を見とるうちの従業員さんも、この時期の牡蠣はわざわざその場で焼いて、お弁当のアテに食べています」
「じゅるるるる~(滝のようなよだれ)」
「だから本当なら、桜の時期くらいまでは牡蠣を食べてほしいんですよね…。今食べないでいつ食べるんだ!って思っているんですけど、冬を過ぎるとなかなか食べてもらえなくて」
「そこなんですよ栗原さん!私たち、その謎を解き明かしたくて今日はこちらにお邪魔しているんです。音戸海産さんは、昔から春牡蠣を推されていて、広島の飲食店さんにも春牡蠣の良さを訴えておられると聞きました。いったいどうして、春の牡蠣は食べてもらいにくいのでしょうか?そもそも、春の牡蠣がおいしいっていうことがあまり知られていないのですかね…?」
「そんなことない、わしの周りはみんな知っとるよ」
「牡蠣は2月~3月が一番おいしい。これは昔も今も変わらん。寒の入りってあるでしょ?あれが独特に味が増す時期」
「二十四節気でいう“寒の入り”は1月5日頃、“寒の明け”は2月4日頃。海水温は気温の1カ月遅れで下がりますから、それでいうと2月~3月が良いということになりますね…!ところで、寒い時期を経て牡蠣がおいしくなって身の入りが良くなるのは、一般的なイメージとしては想像がつきます。それは結局、そもそもどういうメカニズムで起きていることなのでしょうか」
「そりゃあ、簡単よ。あんただって寒い時期は運動せんでよう食べるけえ、太るでしょ?牡蠣も、基本的には海水温が高い時はよう運動するけえ、食べても食べても太らんのんです。海水温が下がると運動せんようなって、餌だけたべるけえぽっちゃりするんよ。じゃけえ、寒くなったあとが身入りがよくなるんよね。これが4月になると、牡蠣がお産の準備に入るからまた味が変わってくる。3月いっぱいは卵持ちになる心配もないしね」
「そうなんですね…!でも実際には、2月どころか、年末年始を過ぎると牡蠣を出す飲食店はぐっと少なくなる印象です。家やスーパーで見かける機会も減るような…」
「いろいろあると思うんじゃけど、まずは価格の問題。12月が贈答用の牡蠣のピークで、年が明けると牡蠣の値段がガクっと下がるんよね。値段が安すぎると商売にならんから、どうしても生産者のテンションも落ちるよね…。今はグルメ時代じゃけえ、一番おいしい時期の牡蠣を良い値段で売るべきじゃとわしは思っとるんじゃけど」
「飲食店さんにも、もっと春牡蠣の良さを知ってもらって、長くお店で出してもらうようにPRしないといけないと思っています。一般的に、飲食店さんが季節メニューを組み立てる時って、“はしり”の食材を使いがちでしょう? 日本の食文化ではそっちのほうがウケがいいというか…」
「確かに、春のメニューって言うと菜の花とか、アサリとか…その時期から食べられ始める食材が浮かびますね。牡蠣のイメージは、ない」
「菜の花なんて、実は春牡蠣との相性がむちゃくちゃイイんですけどね~」
牡蠣は冬の需要が多い→春になると需要が減る→牡蠣の値段が下がる→売っても安いので力を入れて売られなくなる→春牡蠣が出回らなくなる→出回らないから春牡蠣のイメージがなくなる→春に牡蠣のイメージがないので飲食店も扱わなくなる…ということでしょうか。なんだか残念なローテーションでございます。どこかでこの輪を断ち切らねばなりません…。一朝一夕に解決する問題ではなさそうですが、「広島を世界一おいしく牡蠣が食べられる街へ」を旗印に掲げる我々牡蠣食う研としては、どこからスタートするべきなのでしょうか。
もはや、春牡蠣大使!?
あの手この手で普及活動
ここから、音戸海産さんがこれまで、春牡蠣の普及のために取り組んできたさまざまな活動について教えていただきました。まずは、春牡蠣をおいしく食べるための調理法の話から…。
「いろいろ聞いていたら、春の牡蠣がお腹いっぱい食べたくなってきました!私も家で春牡蠣の料理作ってみようかな。春牡蠣に適した調理法ってあるんですか?」
「期によっておすすめの食べ方はありますね。冬の牡蠣は酸味があって皮が薄いので、生食だったり酢牡蠣だったりという食べ方が合っていると思います。味もしっかりと濃く、身入りがして皮に弾力が出てくる春の牡蠣は、焼いて醤油がいいですね。家で焼くならホットプレートもいい。ちなみに同じ焼き牡蠣でも、冬の牡蠣は高温で周りを一気に焼いて中の水分を残す焼き方のほうがおすすめ。春の牡蠣は、中までじっくり火を通すイメージで低めの温度で焼くと、より旨味が引きだされると思っています」
「へーーーーー、深い! 焼き方ひとつにしても研究を重ねておられるのですね…!」
「牡蠣祭りとかイベントでも焼いていますからね。そうそう、音戸漁協の牡蠣生産者では、2021年から牡蠣祭りの時期を3月に変えようと思っているんです。春の牡蠣が本当においしいんだってみなさんに知ってもらうために」
「え!春の牡蠣まつり!それは行ってみたい」
「販売用の箱入り殻つき牡蠣も、今年から春牡蠣限定の箱に変える予定です。『かきむすめのさくら牡蠣』っていう名前で、可愛いパッケージで売りだそうと思って…」
「限定パッケージは面白いですね。春牡蠣のブランド化に繋がりそうです」
「さらに、うちの牡蠣のおいしさをちゃんと知ってもらうために、広島市内の飲食店さんには、朝採れの牡蠣を毎日手持ちしています。現在40店舗ほどお届けさせていただいています」
「すごいですね、音戸海産さん!対飲食店、対小売り、対イベント。ご自身の周りからじわじわと、春牡蠣が食べられにくい世界を変えようとしておられる…(滝のような涙)」
「あの~、音戸海産さんは、どうしてそんなに春牡蠣に力を入れておられるのですか?あんまり普及していないなと思うと、モチベーションが下がったりしないんでしょうか」
「目の前においしいものがあるのに売らないなんて、食べないなんて、本当にもったいないと思いませんか?そして、ちゃんとおいしいものを作って売る人たちの商売が成り立つようにしていきたい。それが一番です」
す…素晴らしい!
「本日は本当にありがとうございました。春牡蠣を普及させるために、すでにこれだけの取り組みに着手しておられるとは…!我々牡蠣食う研も、春の牡蠣が広島でたくさん食べられるようになったら、果たしてどんな幸せが待っているのかをしっかり想像しつつ、来年以降もっともっと春牡蠣を楽しんでいただくための準備に掛かりたいと思います!」
春牡蠣が、今よりもっとたくさんのお店やご家庭でおいしく食べていただける広島になることを目指す我々牡蠣食う研。音戸海産さんの熱い想いと取り組みに触れ、2021年の春に向けて頑張っていかねばならないな…と決意を新たにしつつ、呉市音戸を離れました。この記事を読んで、実際に春牡蠣の魅力を確かめてみたくなった皆様は、下記をご覧くださいませ。4月ごろまで牡蠣が提供されている飲食店さんのリストをご覧いただけます。ぜひ、訪れてみてはいかがでしょうか。
撮影:中野一行
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今回の牡蠣食う研究
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“牡蠣食う県” 広島県でも意外と知られていない!? 春の牡蠣のおいしさを世界中の皆様に広めたい!