「異次元のカキフライを広島の街に標準装備するプロジェクトがいよいよ始動いたします。究極の素材と究極の調理法をかけあわせたとき、そこにはどんな世界が広がっているのでしょうか。もしかしたらカキフライの歴史が変わり、私たちは歴史の証人になってしまうかも…そんなワックワクした気持ちを胸に、今回も東京の超人気とんかつ店『成蔵』にやってまいりました」
さて、本プロジェクトを実現するにあたり、牡蠣食う研では3人の研究員を選抜いたしましたので、順々にご紹介いたします。まず一人目が、「成蔵」の店主でとんかつの概念を変えたとも言われているスーパー揚げ師・三谷成藏研究員でございます。
控えめに言って、天才。
二人目が、広島を拠点にフードプロデューサーとして活躍している平山友美研究員。広島の食文化の向上のためなら、寝る間も惜しんで料理研究に没頭するバイタリティ溢れる、お料理の専門家であります。牡蠣食う研では、カキフライだけでなくあらゆる牡蠣料理の開発に携わっていただく予定です。
料理を愛し、
料理に愛された炎の料理人。
そして三人目は「異次元のカキフライをつくる」という巨大な課題に向き合い、快く食材を提供してくれたこの方であります。ファームスズキ代表で牡蠣生産者の鈴木隆研究員。
いつもにこやかな
オイスターモンスター。
「みなさま、お忙しいところお集まりいただきましてありがとうございます。早速ですが『成蔵』さんの厨房に入らせていただき、喧々諤々の議論をしながら、ときに牡蠣殻を投げあうくらい熱の入った研究ができればと思います。それではここからは三谷研究員の仕切りでお願いいたします!」
「はいはい、穏やかにいきましょうね(笑)。広島発の異次元のカキフライをつくってしまおうということですが、とにかく本日は、僕が25年間培ってきた揚げの技術を牡蠣食う研の皆様に伝えられたらなと思っております。まずは、今回の研究で使用する油の説明からしますね。普段、ウチで使っているものなのですが、『腸間膜油(ちょうかんまくゆ)』というものになります。ラード(豚脂)の一種で、通常のラードは背脂を使うのですが、これはバラ肉のあたりの脂。一頭の豚から取れる量もわずかで、希少価値の高いものになります」
「一斗缶ひとつで6000円くらいなので、一般的なラードの2倍程度でしょうか。ちなみに油は酸化すると味に影響してしまうので、3〜4回使用したら新しいものに取り替えます。ウチでは鍋を使っているので、1回で使う油の量は約4リットル。1回につき3人前ずつくらいを揚げているので、平均で3回転=10人前くらいで新しい油に換える計算になりますね」
「油は間違いなくフレッシュなものの方が美味しく揚がりますよね。高い油をどんどん換えるのは原価率の心配もありますが、そこのこだわりは大切ですよね」
「そうなんです。いい油を酸化させないで揚げると、本当に味が全然違うんですよ。腸間膜油は融点が高くて、温度も下がりづらく余熱が利くので、低温でじっくり揚げることができるんです」
「続いてはパン粉です。揚げ物の衣が、花が咲いたように立つことを『剣立ち(けんだち)』というのですが、このパン粉は剣立ちのよさにこだわってオーダーしたものです」
「おお、かなり粗めのパン粉ですね。牡蠣業界では、カキフライは“微粉”(=きめ細かい粉)がいいとされているのですが、この時点で驚きです!」
「パン粉はどの食材を包むかによると思います。小さめの牡蠣であれば、微粉の方がいいかもしれません。ウチの場合は豚肉にしても、牡蠣にしても大きなものを使うので、食材に負けないようなパン粉にしています。またパンそのものが特殊な製法でつくられているので、繊維自体が違うし、味もいいんですよね。ちょっと食べてみます?」
「あ、食べてみたいです!(パン粉をひとつまみしながら)あ、これはもうパンとして普通に美味しい(笑)」
「たしかに美味しいですね。このパン粉で僕のつくった牡蠣が包まれて、特別な油で揚げられる…どんなカキフライになるか楽しみです!」
異次元の
カキフライは、白かった。
天才揚げ師と、スペシャルな油と極上のパン粉。準備は整いました。それでは新たな歴史の始まりです――先鋒・鈴木研究員が牡蠣の殻を開けます。
「本日、広島から持ってきた僕が育てた牡蠣です。殻付きなので、まだ生きてるんですよ」
「ほら、ここが心臓です。ちゃんと動いてるでしょ?」
指差し確認。
「ホントだ。それにしてもこれを揚げるの、ちょっともったいないような…(←思わず本音)」
「いえいえ。最高に美味しくしてくれると信じているので!!(←満面の笑顔でプレッシャーをかける)」
「僕のかわいい子たちを託します!」
まずは生の牡蠣を小麦粉で
コーティング。
「今回はS、M、Lと3種類の大きさの塩田熟成牡蠣(クレールオイスター)を用意してます。まずは一番大きなものから開けているのですが…僕の牡蠣、どうです?」
「手で触った感覚からして、いつも使っている牡蠣とは全然違いますね。プリプリしていて、瑞々しさが手にも伝わってきます。うん、これはいい」
匠の手の中で踊る、
おしろいを塗ったオイスター。
「牡蠣を小麦粉でコーティングするとき、ダマができないように気をつけてください。ダマができるとパン粉が上手につけられなくなりますので」
卵にディップした後、フワフワのパン粉のプールへ。
「パン粉も乾燥してしまうと食材(牡蠣)につきづらくなるので、注意してください。僕の場合、使用しなかったパン粉は、すぐに袋に密閉してしまうようにしています。パン粉の置きっぱなしは厳禁ですよ」
「そういう細やかな気遣いが、お料理には重要なんですよね」
独特の手つきでパン粉をつけます。
「パン粉の付け方がおもしろいですね。結構、上から強く押し付けてるように見えるのですが…」
「そう見えると思うのですが、実はそうでもないんです。言葉では説明しづらいのですが、手首のスナップを利かせて弾力を持って柔らかく押さえるイメージです。牡蠣の場合、あまり力を入れるとつぶれてしまうので、とんかつとは違うつけ方になりますね」
そしてこのパン粉の付き方!
フッワフワ!
「こんなにたくさんパン粉をつけるんですね! とんかつでもカキフライでも、こんな衣の付け方は初めて見ました。薄くスライスしたホワイトチョコレートをまぶしたスイーツのようです」
そして約130℃に熱した
腸間膜油の中に投入。
「なお、この油は真新しいものではないです。とんかつもそうですが、1回目の油は温度の上がり方が遅くて扱いづらいので、2回目以降の油を使うといいかと思います。ちなみに、この油は3回目くらいですね。先程もお話したように、うちでは3〜4回で新しいものに換えますが、みなさんもできれば4〜5回使ったら換えることをオススメします」
そして約3分後…
揚がった牡蠣は白かった。
「もう見た目からして異次元ですね! なんでこんなに白く揚がるんです?」
「パン粉の糖分が低く、さらに低温で揚げており、加えて油が酸化していない…といった条件が揃っているからです。当然、そうやって揚げると白くなるだけでなく、味わいもかなりフレッシュなものになります。揚げる時間の目安は3〜4分…ですがあくまで目安です。どのタイミングで引き上げるか、それは使っている油の種類や油の温度、そして食材の状態によって変わるので、最終的には“感覚”や“経験”が大変重要になってくる。それは一朝一夕で真似できるものではない、ということは改めて申し上げておきます」
さぁ、カキフライが揚がりました。果たしてどんなお味がするのでしょうか? いよいよ、実食でございます!
私たちは、おいしいの「その先」に
到達してしまった。
「みなさまおつかれさまでした。いや〜、白いですね(笑)。大きさ別に3つのカキフライをつくっていただきましたが、どれも本当に美しいです。早速ですが、お三方で食べてご意見をお聞かせくださいませ!」
いってらっしゃい!!
がぶり。
モグモグ…
「あ、あの…みなさん動きが止まってらっしゃいますが、それは反応できないくらい美味しいのか、それともまったく…」
「(ビクッ)びっくりしましたよ…突然、そんな大きな声でどうされたんですか?」
「す、すいません。生産者として、牡蠣をこんなに美味しくしてくれて『ありがとう』って伝えたくて。本当にうれしいです。だってほら…」
「僕が育てた牡蠣が、こんなに悦んでるじゃないですか!」
「そう言っていただけてうれしいです(笑)。ただ自分で揚げて言うのもなんですが、これは本当に美味しいですね。いつも使っている牡蠣に比べると、しょっぱさも少なくて、ちょうどいい塩加減です」
「塩田跡の池でつくっているからだと思います。普通の海だと塩分濃度が3.5%くらいです。うちの池ですと、だいたい2.5から3パーセント弱くらい。だから『汽水』なんですよね。川の河口のような水なので、それで塩味がちょうどよくなるのだと思います」
「なるほど。だからその分、牡蠣の味をダイレクトに感じられるのですね。とにかく濃ゆい。海がもう『そこにある』かのようです。なにもつけずに、牡蠣の味だけを楽しめる」
「たしかに牡蠣の甘みが伝わってきますね。内臓のところに(嫌な)苦味がないのは、鈴木研究員の牡蠣だからだと思います。そしてパン粉もあれだけ付けたら、ちょっと邪魔するんじゃないかなと内心思っていましたが、全然そんなことはありませんでした。口に入れた瞬間に“主張”はするけど、すぐに溶けてなくなり牡蠣が顔を現す。この食感、この味わい、まさに今まで食べたことのないまったく新しいカキフライだと思います」
「みなさま大絶賛ですね。大きさがそれぞれ違いますが、それについてのご意見は?」
「やはり大きいものがいいかもしれませんね。パン粉がしっかりしている分、Lくらいのサイズがないと牡蠣がちょっとかすむ。牡蠣の味を楽しみたいなら、そしてこのパン粉で揚げるのであれば、大きめがいいかと思いました」
「僕も大きめの牡蠣の方がいいですね。このパン粉はうちのとんかつにあわせて開発したもので、とんかつに使用しているお肉もかなり分厚く切ってますので。なので、このパン粉をつかうなら大きい牡蠣を使ったほうがマッチするでしょうね」
「小さいものもとても美味しいのですが、Sサイズなどは一気にお口に入れられるので、部位による味の違いが分かりづらいかもしれません。一方、大きいものは、ひだの部分から内臓にかけて順々に食べていけるので、いろいろな味を楽しむことができます。私も大きいのがいいですね。小さいので揚げるのであれば、2〜3個の牡蠣を重ねて揚げてもおもしろいかもしれませんね」
「僕らがここで言えることは…確実にカキフライの概念を変えるものができあがってしまったということです。もしこれが広島の街にインストールされたら、観光の目玉にもなるのではないでしょうか。これを食べに県外から広島に来てもいいくらい価値のあるものだと思います!」
牡蠣のプロ、料理のプロ、揚げのプロが思わず唸り、そして一様に「こんなカキフライは食べたことがない!」「別物だ!」と絶賛した白いカキフライ。
私たちはとんでもない
傑作を生み出したのかもしれません。
この日、三谷研究員がカキフライを揚げたのは合計4回。その都度、微調整をしながら、トライしていただきました。完成したカキフライの圧倒的な味、新しさ、そしてなにより三谷研究員の“匠の技”を目の当たりにし、心の中で「こんなにこと、一般のお店でできる?」とも思いました…(正直な気持ちです)。おそらくレシピを公開したところで、誰もが再現できるわけではないでしょう。
どうすれば、この未体験の味を広島の飲食店にインストールすることができるのか?天気晴朗なれども波高し…でも、もうやるしかありません。私たちは異次元の扉を開いてしまったのですから。
撮影:米山典子
※今回は試作であり、実際に白いカキフライが提供されるのは、生食用の牡蠣が解禁される時期(11月頃)以降の予定ですが、研究の進捗状況により提供時期が延期される可能性もございますのでご了承くださいませ。