REPORTvol.2
生食用の牡蠣を自販機で売ろうとしている男、の巻
“ 生の牡蠣をもっとみなさんに気軽に食べていただきたいから、牡蠣を自動販売機で売ろうと思ってるんですよね。えっ…僕、変なこと言ってます? ” (牡蠣生産者・鈴木隆研究員)
広島での牡蠣の“生食カルチャー”を強化するプロジェクトを立ち上げた私たち牡蠣食う研。本プロジェクトを進める上で、私たちがまず白羽の矢を立てたのが、大崎上島の塩田跡地で生食用殻付き牡蠣(※以下、本記事では“生牡蠣”と表記)をつくっているファームスズキの鈴木隆代表でありました。本記事は、牡蠣食う研メンバーとして広島県で“生食カルチャー”を強化する活動をしていただくことになった鈴木研究員に、生牡蠣生産者になった経緯や、つくり手としてのこだわり、また今後の展望などについて伺いました。話を聞けば聞くほど、この方、キテます…(いい意味で)。
(取材/牡蠣食う研 野間真吾、市川梅)
塩田跡地で牡蠣をつくる、
日本で唯一の生産者
「生食用の牡蠣の解禁日も迫ってきましたね(菩薩のような微笑みで)。あ、こんにちは牡蠣食う研です。今回も、大崎上島の塩田跡地で、極上の牡蠣をおつくりになっているファームスズキさんにやってまいりました」
広島で牡蠣の生食カルチャーを強化しようという本プロジェクト。取材を担当するのは広島のオーセンティックバー『TOP NOTE』のオーナーバーテンダーで牡蠣食う研メンバーの野間真吾研究員(ドリンク担当)と、広島のタウン情報ウェブマガジン『ペコマガ』編集長で牡蠣食う研メンバーの市川梅研究員(広報担当)のお二人でございます。
そしてこちらが、牡蠣食う研の“生食プロジェクト”の主要メンバーに抜擢された、鈴木研究員。
人呼んで、“オイスターモンスター”。
「本日もよろしくお願いします。前回の記事で、鈴木研究員のつくる塩田熟成牡蠣をいただいてから、その味わい深さに、生牡蠣に対する考え方がガラッと変わりました」
「私もです。ただでさえ美味しいのに、野間研究員がお酒でアレンジをしたことで、さらに美味しくいただけるという…すごい体験をさせてもらいました」
「そう言っていただけると嬉しいです。でも、おふたりとも褒めすぎですよ(笑)」
「いえいえ、そんなことないですよ! わたし、こんな顔になりましたから」
BEFORE
AFTER
「あんな最高な“牡蠣体験”ははじめてでした!で、本日はそんな素晴らしい鈴木研究員に、牡蠣生産者としてのこだわりなどをお聞きしたいと思っています。もともと、東京の水産物卸売会社の社員さんだったそうですが、なぜ広島で塩田跡地の池で牡蠣を養殖するようになったのでしょうか?」
「ざっくり説明すると、会社員時代に、ひょんなことから広島の牡蠣メーカー『クニヒロ株式会社』の川崎育造社長と知り合うことができたんですね。その後、お付き合いさせていただくなかで、川崎社長と共同で『KS商会』という会社を立ち上げることになります。海外にクニヒロさんの牡蠣を販売するための会社だったのですが、そこでグローバル市場での牡蠣がどんなものかを詳しく知ることになります」
「世界での牡蠣の市場…それはどんなものだったのでしょうか?」
「結論から言うと、圧倒的に“生”のマーケットが強いんです。完全に別のマーケットと言っていい。扱われる場所も、扱われ方も全然違います。もう世界で牡蠣を売るなら生であると確信しましたね。それで、グローバル市場でも通用するような生食用の牡蠣を自分でつくろうと思い、一念発起。川崎社長の多大なるご支援をたまわりながらファームスズキを設立することになります」
「すごい行動力ですね…」
「つくるとなったら、次は場所選びです。僕ひとりで福山から廿日市まで、瀬戸内海沿岸を車で1週間かけて牡蠣養殖に適した場所を探しました。そして僕が望む条件がすべて揃っていたところが、ここだったというわけです」
「そこからは実践あるのみでした。アメリカ・シアトルで学んだ生産方法などを参考に、大崎上島の環境にあった牡蠣をつくることに没頭する日々。でも、これがすごく難しかった。最初の5年間は、納得できるような牡蠣はできませんでした」
その後、生産方法を確立させると、鈴木研究員はインターネットやSNSを利用した積極的な販売戦略で、どんどんと顧客を獲得。塩田跡地で牡蠣を育てる異色の牡蠣職人として、業界内外の注目を集めるようになっていきます。
なお、フランスでは塩田跡を利用した牡蠣養殖がさかんですが、日本でこの方式をとっているのは広島の鈴木研究員だけ。つまり広島どころか、日本全体で唯一無二の牡蠣生産者さんなのです。
しかし1年中、池の中で牡蠣を育てているかというと、そういうわけではないようです。池の水温が高くなってしまう夏場は、近くの海(大崎上島の沿岸)まで持っていき身を太らせ、水温の落ち着きはじめる秋に池に戻し“熟成”させる。ゆえに「塩田熟成牡蠣」と呼ばれているのだそう。
「ちなみに春から数ヶ月間は、池の水をすべて抜いて、池底の土を休ませるようにしています。ここでは牡蠣の他に、車海老やアサリなども養殖していますが、ここで生きている“彼ら”にとって最高の環境をつくるために、池の管理には細心の注意を払っています。よりきれいな水で生き物たちを管理するため、井戸を掘り地下から汲みあげた地下海水を使用しています。池の環境がよければ、生き物たちは病気をすることなく元気に育ってくれる。つまり牡蠣や車海老にとって最高の生態系をつくってあげることがとても大切なんです」
「あと海とは異なる水質、さらには育つプランクトンも違うので、それを食べて大きくなる牡蠣も、海のそれとはまったく違ったものになります。時期によりますが、エラ部分がエメラルドグリーンになることがあります。本場フランスでは、『グリーンオイスター(緑牡蠣)』という最高級ブランド牡蠣として人気があります」
「あの牡蠣の味わい、食べたことない風味は、塩田跡の養殖池でつくられていることと関係が深いんですね」
瞬間冷凍技術の革新で生まれた
“ハーフシェル”という新境地
日本で唯一、塩田跡地の養殖池で牡蠣をつくっている鈴木研究員。そのスペシャルな牡蠣の評判はすでに全国に轟いており、日本全国ですでに3000人以上の顧客がいて定期的にファームスズキの牡蠣を購入しているといいます。またロシアや香港など、海外にもファンがおり、頻繁に大量の発注があるそう(鈴木研究員いわく、海外の方の買い方は大人買いならぬ“コンテナ買い”。ものすごい売上になるとのことです)。
一方、肝心の広島県内では、個人のお客様はいるものの、お店や法人に卸すことはあまりないそう。こんなに美味しい牡蠣がすぐ近くにあるというのに、広島であまり食べられていないという現実は、実にもったいない…。
「私自身も焼き牡蠣がもっとも好きな食べ方ですが、私のまわりをみても、広島では昔から牡蠣は生で食べるより、焼いたりフライにして食べる人の方が圧倒的に多いんですよね。そもそも、広島では昔から牡蠣を生で食べる習慣があまりなく、数年前にオイスターバーが広島市内にも数店舗出来ましたが、“生食カルチャー”が定着することはなかったように思います」
「私は生で食べるのは大好きなんですけど、広島県民の大多数は、牡蠣は火を入れて食べるものだという認識だと思います。実際、私のまわりでも好きな食べ方といえば焼き牡蠣やカキフライ、牡蠣鍋が多いです」
「広島で生産される牡蠣の多くは“加熱用”だということもありますよね。また、殻付きの牡蠣は流通させるのも、管理も面倒なので、美味しい加熱用の牡蠣が溢れている広島でわざわざ生食用の牡蠣を飲食店が扱うかというと、やはりそこは二の足を踏むのかもしれません」
「そう考えると、ここ広島で生牡蠣を強化するのは、現実的には結構難しいですよね…」
「はい?」
「あ、広島で牡蠣の生食カルチャーを定着させるのは、いろいろ困難が伴うのかなと…」
「ちょ、待ってくださいよ!それに果敢にチャレンジしていくのが、牡蠣食う研じゃないんですか?」
「なに言っちゃてんすか!」
「大変失礼いたしました。おっしゃるとおりですね」
「(話の流れで言っただけなんだけどな…)」
「全然、戦える余地はあります。というか勝算ありありですよ。たとえばウチでは2019年の1月から“ハーフシェル”という商品を扱うようにしています。これは水揚げしたての牡蠣を、半分殻を開けた状態で生きたまま真空パックにして、マイナス30度で瞬間凍結させたものなんです。それを解凍すれば、ちゃんと生で美味しく食べられるんですよ」
「冷凍モノなのに生で?それは気になりますね!だけど…結局は冷凍したものなんですよね?お言葉ですが、さすがに品質が落ちるんじゃないでしょうか」
「いえ、まったく問題ありません(断言)。ちなみに前回の記事で野間研究員と市川研究員が食べた生牡蠣も、“ハーフシェル”を解凍したものだったんですけど、気づいてました?」
「えっ!私の表情筋を崩壊させるほど美味しかったあの牡蠣が…冷凍モノ?し、し、信じられません」
BEFORE
AFTER
「いや、あれは絶対わからないですから(笑)。マイナス30度のアルコール溶液で瞬間凍結するため、ムラもないし組織を壊すことがほぼありません。また解凍時のドリップ(うまみ成分)の流出も、通常の冷凍牡蠣とは違い、ほとんどないんです。ですから、解凍方法さえ間違わなければ(しかも解凍方法は簡単です)、基本的に生産地の鮮度のまま、旨味を閉じ込めたまま、限りなくフレッシュに近い状態でみなさんの食卓までお届けすることができるんです」
「現代の冷凍技術ってすごいんですねぇ…って、ものすっごくぼんやりした感想しか言えないですけど」
「ハハハ。このハーフシェルのよさは、鮮度を保てるだけでありません。殻付き牡蠣に比べて、圧倒的に流通させるのも、飲食店さんなどが管理するのも楽になるし、調理する際の手間(牡蠣打ち作業)もないのでとても扱いやすいと思います。ですから生食カルチャーをひろめるには、とてもいい“武器”になるかと」
「生食用にせよ加熱用にせよ、牡蠣を扱うのをためらう飲食店にとって、懸念していることは鮮度であったり、扱いやすさであったりします。そうした部分がクリアされている生牡蠣であれば、飲食店も導入しやすいかもしれませんね。これは、ウチのバーでも導入できるな…(←いきなり経営者の顔になりながら)」
自販機で生食用の牡蠣を売る
――という奇想天外な発想
自分が丹精込めてつくった牡蠣を多くの人に美味しく食べていただきたい。そう願う鈴木研究員が生み出した“ハーフシェル”という(ある意味の)飛び道具。実は鈴木研究員は次のプランを進行中だといいます。う〜ん、牡蠣のためなら、どこまでも貪欲に前に進む姿勢!牡蠣食う研メンバーの鏡でございますね。
「生牡蠣を気軽に食べてもらうために、ハーフシェルの次に考えていることがあるそうですね」
「はい。牡蠣を自動販売機で売ろうと思ってるんです」
「へ?」
「ですから、生食用の瞬間冷凍ハーフシェルを自販機で売っちゃおうと思ってるんですよね。えっ…僕、なんか変なこと言ってます?」
「むしろ変なことしか言ってない」
「えっと、生食用の冷凍牡蠣を自販機で売ろうと?それ、本気で仰ってます?」
「もちろんですよ。実は2〜3年前からやりたかったんですよね!」
「(おいおい、マジじゃん…)これ、安心して食べられるんですよね?」
「それが簡単なんです。真空パックに入れたまま、水かぬるま湯に入れてじゃぶじゃぶと10分〜15分くらい浸けて、最後に氷水で〆ればOK。今までの冷凍の牡蠣は、冷蔵庫に入れてゆっくり解凍するのが“常道”でしたが、瞬間凍結の場合は、一気に解凍するのが正解です。そうすれば組織をほぼ壊すことなく、解凍ができます。理想としているのは自販機にもそうしたスピード解凍機能をつけて、その場で食べられるようにすること。そこまでは今はまだ開発できていないんです」
「もう実現間近なんですね。すごいなぁ…ちなみに自販機の設置場所について、すでに考えてらっしゃいます?」
「もちろん(即答)。広島市内のどこかに1台、あとは東京にも1台置きたいなと思っています。広島に置くのは、広島のみなさんにもっと生の牡蠣を食べてほしいから。東京に置く意味は、広島の生の牡蠣が美味しいことを広くアピールできると思うからです」
「素晴らしいですね。瞬間凍結は他の生産者さんも試してみたいかもしれないし、自販機のアイデアだって横の連携ができるかもしれないですよね。たとえばファームスズキさんの牡蠣以外に、いろんな生産者さんの牡蠣が1台の自販機で買えるようになっても面白い」
「自販機で広島のいろいろな生産者さんの生食用の牡蠣が買えたら、食べ比べとかしちゃいたくなりますね。それぞれの味わいの違いを楽しめそう」
「今後の課題は、生食用の牡蠣の単価を下げること。やはり、今の日本市場の生牡蠣の価格は高いです。海外ですと、だいたい1個1ドルくらい。日本円で130円前後が、お店で食べる生牡蠣の相場です。ただ日本のお店ではだいたい400円程度の値段がつけられています。約3倍ですね。ですからいずれ、1個150円くらいで食べられるようにしたいんですよね。そうすれば、ここ広島でも生食カルチャーがより進化するのではないでしょうか」
「たしかに!1個150円だと、10個くらい一気に食べてしまいそうです。それ、いつぐらいに実現できそうですか?」
「僕のところだと、おそらく2〜3年以内にそれができるのではないかと」
「意外にすぐ!」
「とにかく広島でも、もっと気軽に生牡蠣を食べられるようにしたいですね。この牡蠣食う研を通じて、僕のそんな夢を実現してみたいです」
いかがでしたでしょうか。鈴木研究員の生牡蠣への熱い思い、そして牡蠣の自販機までつくろうとしている行動力、すべてに並々ならぬ牡蠣愛を感じてしまいました。こんな人が牡蠣食う研メンバーで本当によかった。もちろん、鈴木研究員以外にも広島には美味しい生牡蠣をつくっている生産者さんがおります。今後はそういう方もどんどん牡蠣食う研にご加入いただき、一緒に広島に牡蠣の生食カルチャーを強化する活動をしていきたいと思います!
※取材は夏季に行われたものですが、提供されている牡蠣は冬場にとれた生食用のものを瞬間冷凍して、解凍したものを使用しています。
撮影:藤川隆久
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今回の牡蠣食う研究
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広島の“生食カルチャー” を進化させて、みんなに広島の牡蠣は生で食べても最高!って言わせたい!