「東京の『成蔵』さんで完成した“白いカキフライ”、本当にヤバいくらい美味しくて、今までに食べたことのない味と食感でございました。あの時のことを思い出しただけでもニヤけてしまいます…。さて、今回はその白いカキフライを広島の街に標準装備するプロジェクトの続編ということで、牡蠣食う研メンバーに研究の進捗を確認させていただきたいと思っております」
ということで、牡蠣食う研がやってきたのは広島市西区の横川。昭和の町並みが残る飲み屋街としても知られており、1000円でベロベロになれる“せんべろ店”から、広島ならではの牡蠣グルメが食べられる居酒屋、落ち着いた雰囲気のオシャレなバーまでが点在する、楽しい夜を過ごしたい方にぴったりのエリアであります。
そんな横川エリアの人気バー「Bar atelier(バー・アトリエ)」のドアを開けると、そこで待っていたのは牡蠣食う研メンバーで、横川エリアを中心に牡蠣の魅力を伝えている広島在住のシンガーソングライター・月山翔雲研究員。なにやら、手になにかを持って物思いに耽っているようです。
「あ、これはこれはリーダー。呼び立ててすいません」
「いえいえ、いつでも呼んでくださいませ。それにしても、いい雰囲気のお店ですね。手に持っているのはパン粉ですか?」
「そうです。揚げ物用のパン粉っていろいろあるんですね。今回、“白いカキフライ”を広島で広めるために、専用の揚げパン粉の開発・調達のために動いていたのですが、様々な事実に気付かされたました。本日はその報告をしたくてここにお呼びいたしました」
「まず質問です。“白いカキフライ”の特徴と言えば、なんだと思います?」
「(えっ、いきなりクイズ?)そうですね…まんまですが、『白い』ということでしょうか」
「ご明答!そうなんです。白いんです。そしてあの驚きの白さは、パン粉に拠るところが大きい。なので、東京の『成蔵』さんでの研究以降、うちの事務所のK社長とあの白いカキフライを再現するためのパン粉をずっと探してたんですよ。正直、この2ヶ月くらいで、僕とK社長のパン粉偏差値、とんでもなく上がってます!」
「そ、そうですか(どんな事務所なんですか…)。では、パン粉研究の進捗についてお聞かせ願えますか」
「ええ。まず『成蔵』さんのパン粉は、かなり特殊なパン粉で、一般的に流通しているものではありません。もし広島であのカキフライを広めていくなら、同じようなパン粉をつくってくれる専門業者さんを見つける必要があります。そして、それはパン屋ではなく、パン粉専門のメーカーでなければいけない」
「普通のパン屋さんに依頼しても再現はできないということでございますね」
「ええ、そう考えています。あれだけ“剣立ち”のよいパン粉は、揚げた後の状態を想定している――つまりパン屋さんとは根本的に違う概念の――専門のパン粉屋さんじゃないとつくれないでしょう。餅は餅屋ってことです」
「それを念頭に僕とK社長は広島県内だけでなく、日本国内のパン粉メーカーを片っ端からリサーチしました。その中で気になる東京の業者さんと接触。牡蠣食う研のプロジェクトにもご興味を持っていただき、現在、“白いカキフライ”のための新しいパン粉の開発についてのお話を進めているところです。で、今、僕が持っているこのパン粉が、その試作品というわけ。このパン粉、素晴らしいんですよ。もう、僕とK社長の中では、このパン粉に出会って完全にパンドラの箱が開いた感じなんですよね。わかりますよね?」
「もちろんでございます(なにを仰ってるのか、イマイチわかってませんが…)」
「『成蔵』さんで使われているパン粉は、通常のものより低糖度に仕上げられていますよね」
「そのとおりです。低糖度のパン粉ですと焦げ付きにくいので、白く揚がりやすくなります」
「つまり低糖度のパン粉を開発することは、本プロジェクトにおいてはまさに“一丁目一番地”なわけです。うち事務所のK社長の最近の口癖は、『新曲を書く暇があったら、パン粉の研究をしろ』ですから」
「カキフライ愛が強すぎませんか、そのK社長という方は(苦笑)」
「現状、見ている課題のひとつはコストです。あのパン粉と同じようなものを再現しようとすると、どうしてもコストがかかるんです。なぜか? ひとつはイースト菌の発酵を助ける糖がそもそも少ない為、発酵に時間がかかるから。そして保湿力がなくて、乾きやすいため荒いパン粉も作りづらく、大量生産も難しい」
「もちろんですよ。なお揚げ物をつくる際、油の温度が150℃前後で加熱されると“メイラード反応”といって、糖質がキツネ色になる現象が起きます。ですから、糖が入っているパン粉を使っても140℃くらいまでの温度なら、白いカキフライは出来上がるんですよ。ただし、低温のためどうしても油に浸かっている時間が長くなってしまうので、油切れは悪くなる。なので白さとサクっと感を両立させるにはパン粉の糖分を減らす必要があります」
「日本一、いや世界一パン粉に詳しい歌手が爆誕してしまった感じがいたします…」
「パン粉の糖分を減らせば、風味が軽くなります。結果、衣の味より素材の味だけを感じやすくなる。とんかつは豚肉の味がしっかり感じられますし、カキフライは牡蠣の味を強く感じることができるんですね」
「おお、それはものすごく合点がいきます。東京の『成蔵』さんでいただいたカキフライは、剣立ちがいいため衣が最初に主張してくるんですけど、口に入れた途端に溶けて衣の存在が消えて、牡蠣の味だけが口の中に広がりました。まったく新しい感覚だったのですが、その要因のひとつは低糖度のパン粉にあったのかも…」
「つまり見た目(白さ)だけではなく、あのカキフライの味の部分にもパン粉は大きくかかわってくるということです。目指しているのは、そんな究極のパン粉を広島中の飲食店に供給できるようになること。現状、なんとか理想的なパン粉ができるような道は見えてきたので、広く実装できるよう研究を続けていきたいと思います」
「ラジャーでございます!引き続きよろしくお願いいたします!」
月山研究員(と事務所のK社長)による「白いカキフライのためのパン粉研究」は順調に進んでいるようです。もちろん実装する上でのコストの問題、生産ロットの問題など細かい部分の調整はこれから必要ですが、月山研究員(と事務所のK社長)ならやってくれるに違いありません。
撮影:阪本 剛史