「…神の島から…こんにちは…(威厳ある声で)。いつもより神々しい雰囲気でお届けしております、牡蠣食う研でございます。冬の宮島。何かが始まる予感がする…。それもそのはず。なんとここでッ!今からッ!絶賛研究中の『白いカキフライ』を広島の街に実装するべく、勉強会が行われるのでございます!!(ゴゴゴゴゴゴゴゴ←高まる牡蠣熱)」
会場として利用させていただくのは、島内にある広島経済大学さまのセミナーハウス『成風館』。現場には開催の1時間ほど前から、広島の飲食店関係者を中心に、約20名の“白いカキフライ”インストール希望者が続々と集います。
その中にはこの人の姿も。
レストラン「LUCIO(ルチオ)」店主の安原英志研究員。
日夜、試作を繰り広げているという安原研究員ですが、どうしても納得のいく「白いカキフライ」ができないとのこと。そんな彼が、熱望していたのが三谷研究員の揚げ技を間近で見ること。「“美味しい”の先に進みたい」という思いを一歩も二歩も前に進めるべく、強い気持ちを持って研修に参加、今回はアシスタント役を買って出てくれました。
そして三谷成藏研究員も会場に登場。
揚げ神、宮島に降り立つ!
そうこうするうち、会場はぎゅうぎゅうに。インストール希望の飲食店関係者、報道関係者、見学希望者…ご覧の通り、どこに三谷研究員がいるのか分からなくなるほどの熱気のなか、会はスタートいたしました。
実装を目指して用意した、本日の材料。
まずはこの日用意した材料のご紹介から参りましょう。これらは我々牡蠣食う研のこれまでの研究結果によって選び出された「推奨材料」。広島で白いカキフライを実装するにあたっては、現段階では最良のセレクトと考えております。
【1.心臓が動いている殻付き生牡蠣】
やはり、肝となるのは牡蠣でございます。この日は大崎上島の塩田跡地で育った「ファームスズキ」の、大粒の殻つき生牡蠣(フランス規格の「1」=121g~150g)を40個ご用意いたしました。揚げる直前まで心臓が動いている、鮮度折り紙つきの逸品でございます。
【2.極限まで糖度を抑えたパン粉】
牡蠣に次いで重要な材料と言えるのがパン粉でございます。低温で長時間揚げるには、糖度が低いパン粉は不可欠。今回は東京品川区が拠点の「中屋パン粉」さんが手がける、極限まで糖度を抑えた特製パン粉をご用意いたしました。
【3.油は余熱が効きやすいラード】
三谷研究員のお店ではラードのなかでも希少な「腸間膜油」を使用していますが、牡蠣食う研では、入手のしやすさなどから一般的なラードをチョイス。サラダ油と比べて温度が下がりにくく、余熱がしっかりと効きやすくコクが出るという特徴がございます。
衆人環視の中、レッツ・クック!
「本日はお集まりいただきありがとうございます。これからつくるカキフライは僕自身、これが一番おいしいと思ってやってきたものになります。決して唯一の『正解』ではないとは思いますが、参考になれば幸いです。質問などあれば、その都度、仰ってください。では始めますね」
《ポイント1》
小麦粉と卵液は薄くつけるべし
まずは小麦粉の付け方。バットに広げた小麦粉のなかに牡蠣を沈め、たっぷりと粉をまとわせると、両手の間で牡蠣をリズミカルに踊らせながら余分な粉を落として参ります。
「フライの基本ですが、衣はよくつけてよく払う。これはカキフライも一緒です」
「いえ、そこは細心の注意を払って、小麦粉は薄く付けてください。小麦粉がダマになっていると、そこにパン粉が当たった時に卵液の膜が割れて、小麦粉が表面に出てしまい、その部分にはパン粉が付きません。それで揚げてしまうと、そこから(牡蠣の)ジュースも出てしまうし、油が汚れてしまうし、揚がりも悪くなります。小麦粉をよく払うっていうのは、そういうことを防ぐためですね。あと、卵液も付けたらよく払ってほしいです。卵が付きすぎていると間に玉子焼きみたいなものができてポテっとしてしまいますので」
「牡蠣はもともと水分があって、衣をつけて置いていたら粉が吸っちゃうんですよね。試作段階でそこに苦労していて、何度も衣を付けることになって、衣がハゲていたのかもしれません。このあたりは注意が必要ですね」
《ポイント2》
パン粉付けは剣立ちを意識すべし
続いてバットにたっぷりと敷いたパン粉のなかに牡蠣を一つずつ入れ、衣を付けていきます。この際の手の動きが実に見事なのですが、三谷研究員曰く「上から軽くふわっと乗せるイメージ」とのこと。
「ポイントは、上から押さえつけるんではなくて、ちょっと斜めに押すこと。上からだとパン粉がべちゃっとつぶれてしまうんですけど、こうして斜めにパン粉を刺すようにすると、油に入れるとパン粉が立ちあがってきて、剣立ちが良くなります」
ここでおさらいですが、「剣立ち」というのは、フライを揚げた時に衣が剣の切っ先みたいにツンツンっと立つさまのこと。三谷研究員が揚げるフライは、白い衣が聖剣エクスカリバーのように見事な剣立ちを見せているのが特徴のひとつなのでございます。
「指先はどうされてますか?さっきからずっと見ているんですが、指の力の入れ具合が伝わって来なくて…」
「あぁ、力は入っていないですね。車のサスペンションのように、弾力を意識しています。ただ、こればっかりは『感覚』なので…。自分でやって、一番よくパン粉が付いた時の感覚を覚えておくといいですね」
《ポイント3》
牡蠣を入れる時の油の温度は140度
「140℃程度と、低温でゆっくり食材に火を入れることで生に近い食感を出します。ちなみに牡蠣を入れると油の温度が下がるので火加減は割と強めにはしています。今、測ったところ140度で数個入れると130度くらいまでは温度が下がっていきましたね。油の量が少なければ、その分、温度ももっと下がると思うのでそのあたりはご注意ください」
「なるほど…僕の試作では、油の量が圧倒的に少なかったです。新鮮な油を使うことを重視していて、コストのことを考え、少ない量の油でやっていました。その分、温度が上下しやすく、それがうまく揚げられていなかった原因だったのかもしれません。それに揚げ始めの温度を120℃くらいにしていたのも間違いでしたね。衣が油を吸い込んでしまって剣立ちがなくなっていたのは温度管理が不十分だったのか…」
「そうかもしれませんね。温度が低すぎると表面(上側)が固まらず、下ばかり固まってしまいます。温度管理はとても重要です。あと油は1回目が特に難しいです。2回目以降の方が安定してきますね」
《ポイント4》
油の温度の違いに注意すべし
「牡蠣は薄くて軽いので浮いてしまいやすいのですが、浮いた表面には低温の油が溜まった状態になります。パン粉をできるだけ触らないように気にしながら、ちょっとだけ動かして、温度の高い油を表面に入れてやるようにします。その後、1回だけ裏返します」
「衣の状態です。パン粉がちゃんと揚がっているかどうか。油の泡立ち、少しひっくり返した時の色づき、パン粉の立ち方などをよく見ます。あと上面にしっかり火が通っているかどうか。上面に火が通っていると、ひっくり返した後も剣立ちがいいです」
《ポイント5》
余熱を使い牡蠣を蒸していきます
「取り出したら、油を切りつつ余熱で火を通します。余熱時間は食材の大きさにもよりますが、牡蠣はそんなに置かなくてもいいかもしれないですね。とんかつの場合は、ロース200gで15分くらい置きますが、今使っている牡蠣(ファームスズキのLサイズ)なら1分も置いておけばいいと思います。揚げた直後で、かなり火が通っていると思うので」
なお揚げ上がり時の油の表面温度は150℃手前位で、牡蠣の芯温は、油から取り出したばかりの状態で75℃程度でございました。生で食べられる牡蠣だからこそ、この低温調理が可能となるわけですね。
みんなで実食したら…会場に笑顔の華が咲き誇りました
こうして揚げあがった「白いカキフライ」。まずは三谷研究員から実食いたします。
「あーん」
いかがでしょうか………?
「美味しい!」
「いつもと違う油、パン粉を使い、なおかつ調理器具も違うのでちょっと不安はありましたが、ちゃんと美味しく揚がってますね。皆さんも是非食べてみてください!」
ということで、勉強会参加者の皆さまが次々に揚げたての白いカキフライを食べていきます。味の評価については、まずは皆さまの御尊顔でご判断くださいませ。
「ファームスズキ」代表の鈴木隆研究員!
フードプロデューサーの平山友美研究員!
バーテンダーの野間真吾研究員の姿も!
そして安原研究員も、ついに「本物」の白いカキフライを初体験。
「初めて食べる、本物の白いカキフライ。いかがでしょうか」
「これは…“剣立ち”の意味が分かる!しかも絶妙な火通りで、牡蠣が生きている感じがします。なぜこんなに水分が内包されつつカリッとしているのか不思議です。自分でやると、もうちょっと火を入れなくては、と思ってしまうんですよね…(打ちひしがれる)」
自身で試作してきた白いカキフライとの味の違いに衝撃を受ける安原研究員。かなりショックを受けていらっしゃったのでとりあえず隣をそっと離れ、他の参加者の皆さまからもご意見を伺って参りました。
「めっちゃ旨いっす…何もつけなくても、これだけでしっかり味がしますね」
「もっとシナっとしてるかなと思っていたんですが、全然そんなことない。外がサクッとしていて、中が柔らかで…。見た目以上に食感がありますね」
別の牡蠣でも試してみました!
「実は僕からお願いがありまして…。普段、試作で使用している牡蠣を持ってきたので、これで揚げてもらえませんでしょうか? 身がとにかく厚くて、つい一時間くらい前に海水から揚げたものなので、水の塊みたいなもんです!(と牡蠣を見せる)」
「これはまた大きいですね! これだけ大きい牡蠣だと、あんまり低温でやるとジュクジュクしちゃうので、周りをガっと固めて、できるだけ水分を出さないようにします。逆に、余熱が入ることを意識せず火を通し過ぎると水が出てしまいます。取り出してから余熱時間をしっかり取る方がいいですね」
で、揚がったカキフライがこちら。
デ カ イ
「衣の立ち方が僕の試作と全く違う!低温でじっくり火を通す、を意識しすぎていたんですね。余熱のために置いておくと、その間に水が出てしまうんじゃないかと思って…」
「いえ、逆にあまり長い時間火を通し過ぎると水が出てしまいます。小さい物よりはもちろん長めには揚げますが、特にこういう大きい牡蠣は、水分を出さないように揚げないといけないので…。牡蠣はわりと温度が高くてもいいので、けっこうしっかりと周りを固めてください。卵が固まってしまえばジュースは出にくいです」
揚げ上がりの断面がこちら。
「すごい…やっぱりちゃんと火が通ってる。(一口頬張り)……………うまっ!!!!!うんまーーーーーーーーー!!!!!後味も最高じゃわ!揚げる技術がしっかりしていれば、こんなにもうまくなるもんなんですか!」
白いカキフライは、低温でじっくりと揚げるがゆえに、素材の持ち味がダイレクトに出来上がりに影響いたします。今回は2種類の牡蠣を使いましたが、それぞれの牡蠣にそれぞれの個性がございます。最終的に、生で食べておいしいと思えるほどの牡蠣であれば、どんな牡蠣でもいい―――とも言えるのかもしれません。
最後に揚げ神様にいろいろ聞いてみました。
最後は質疑応答タイムでございます。今回の研修に参加した皆さまは、いわば一期生。お互いが感じたことをシェアし合い、協力し合ってそれぞれの「白いカキフライ」にたどり着いていただきたいと思い、疑問点を共有する場を設けさせていただきました。
Q1.「剣立ち」の意味
研修中も何度も三谷研究員の口から出た『剣立ち』という言葉。フライを剣立ちさせることには、いったいどのような意味が隠されているのでしょうか
「やはり食感ですね。フライの衣の最大の役割はジュース(肉汁)を出さないためなんですけど、一番最初に来る食感なので、ここでおいしいorおいしくないという判断が出てくるかなと思います。今日使ったパン粉はすごくサクサクに揚がって、立った衣が口の中ですっと溶けていく。で、次に牡蠣の味が来る。この、“第一の食感”を僕は大事にしています。パン粉を立つように付けることで、その食感を出していくんですね。また、剣立ちさせたほうが、油切れはいいです。低温で揚げるからベチャッとなりやすいところを、剣立ちをよくすることで、食感もよくなれば油切れもよくなる、というわけです」
Q2.油について
油はラードを使うのが前提なんでしょうか。サラダ油などを使うのはダメですか?
「サラダ油では、まだちょっとやったことがないのでなんとも言えません…。僕が普段お店で使っているラード(腸間膜油)は、すごく融点が高く、熱しにくく冷めにくいんです。だから割と余熱が効くので、今回の調理法には合っているかと思います。あとはまあ、ラードは旨味もありますね。サラダ油とはちょっと違います」
「補足させていただきます。今回は、我々牡蠣食う研のここまでの研究成果として、ラードをセレクトいたしました。ただ、それが必須ではございません。この勉強会をきっかけに、さらに皆さまで研究していただき、ラードよりも適している油を発見された場合は、それを使っていただければ。その時はぜひ、我々も教えていただきとうございます」
Q3.結局、どうなれば「白いカキフライ」と呼べるの?
牡蠣は季節によって大きさも違うし、すべての店が同じコンディションの食材をつかうわけではありません。どこを守り、どのように作れば「白いカキフライ」と名乗っていいのでしょうか?
「こちらは私からお答えさせていただきます。いくつかの条件がございます」
【“白いカキフライ”の条件】
- 生でも食べられる広島県産の美味しい牡蠣を使う(※必須)。
- 剣立ちがよく、牡蠣の味を邪魔しない、糖度の低い特別なパン粉を使用(※必須)。
- ラードを使用(※推奨)。
- 旨味を逃さないよう低温でじっくり揚げる(※必須)。
「こうした条件はございますが、このプロジェクトは『広島だからできる、誰もが驚くおいしいカキフライをつくり、それを広島中に広める』ことが一番の目的でございます。今回はファームスズキさんの牡蠣とオオノさんの牡蠣を使用しましたが、『生で食べても美味しい牡蠣』として自信を持って提供していただけるものであればブランドも問いません」
「本日ご覧頂いたように、白いカキフライは本当に美味しい牡蠣を使って、かつ上手に作ることで初めて異次元の美味しさに到達します。将来的には、広島のたくさんのお店に導入され、広島の新名物になることを目指していますが、まずは初期に導入されるお店で“誰もが驚くおいしさ”を実現しなければなりません。今日集まって頂いた皆さんと私たちで協力しあって、白いカキフライを真の広島の新名物にしていければと思っていますので、よろしくお願いいたします」
「また、牡蠣食う研では今後、カキフライ以外の牡蠣料理のアップデートもしていきたいと考えております。どのお料理もレシピをオープンソースにして、街全体で共有し、広島をどんどんおいしい牡蠣料理が食べられる街にしていければと思っております。皆さまも私たちと一緒に、広島を“食の都”として盛り上げて参りましょう!」
いかがでしたでしょうか。参加された皆さまの驚きや感動、揚げ神・三谷研究員がどんなところに心を配って日々揚げ物と向き合っているか、このレポートで少しでも皆さまに伝われば幸いです。また今回参加された皆さまの中から、白いカキフライを提供される方も出てくるかと思います。その際は、こちらでお伝えして参りたいと思います!
最後に広島の皆さま、そして広島観光をしようと思っている県外の皆さまへ。白いカキフライが食べられるまではあと少しの辛抱でございます。「その日」が来たら、是非、提供店舗へと足を運び、心ゆくまで白いカキフライをご堪能くださいませ。絶対に後悔はさせませんので。
撮影:キクイヒロシ