「こんにちは、今回は東京・南阿佐ヶ谷にやってまいりました。目的はひとつ。連日多くのファンで行列ができるという大人気のとんかつ専門店『成蔵(なりくら)』の店主・三谷成藏さんをスカウトするためであります」
我々が勝手に白羽の矢を立てた「成蔵」店主の三谷成藏さんは、広島県福山市出身、今年49歳の話題の揚げ師。揚げ業界の常識を覆したとも言われる三谷さんの揚げる“白いとんかつ”は、瞬く間にとんかつ愛好家のハートと胃袋をつかみ、2010年のオープン以来、グルメ界隈で天才揚げ師の名をほしいままにしております。今年の3月に創業の地・東京は高田馬場を離れ、7月から南阿佐ヶ谷で新規店をオープンさせた三谷さん(高田馬場の旧店舗は、お弟子さんに譲渡し「なりくら」として営業中)。同店ではとんかつ3個(180g)を定食で5,780円というかなり強気な価格で提供しているにも関わらず、客足は途絶えないどころか、毎日整理券を求める人の行列ができているというのです。
言ってしまえば、
揚げ界の革命児!
生けるレジェンド!
スーパースター!
それが三谷成藏さんなのであります。
「あのぅ……のっけから、ハードル上げすぎじゃないですか(苦笑)」
「いえ、そんなことはありません。三谷さんは、間違いなく当代一の揚げ師であります!」
牡蠣食う研のアゲアゲな話しぶりに困惑した表情を隠せない三谷さん。早速、そんな彼に今回のプロジェクトの概要とお願いしたいことを説明させていただくことに。
「なるほど……。牡蠣食う研に加入して、広島にやってくる観光客が驚くほどの美味しいカキフライを開発してほしい、ということですよね。承知しました。故郷・広島のために僕がなにか力になれるのであれば、喜んでやりますよ!」
「では正式加入ということで、ここから三谷研究員と呼ばせていただきますね」
「東京に来てからカキフライの美味しさを知った」(by天才揚げ師)
牡蠣食う研への参加が決まり、究極のカキフライ開発を行うことになった三谷研究員。引き続き、牡蠣についてどういうお気持ち、思い出を持っていらっしゃるのか、いろいろ伺ってみましょう。
「三谷研究員は広島出身ということで、当然、子どものころからたくさんの牡蠣を食べて育ってこられたと思うのですが」
「いえ、全然ですよ。僕は、牡蠣が嫌いでしたからね〜(遠い目)」
「ウチの親は大好きでたくさん食べてたんですけど、僕はダメでした。牡蠣が食べられるようになったのは東京に来てからですよ」
「そうですね。20代半ばで上京してきて、叔父が経営する『燕楽(えんらく)』というとんかつ屋で修行していたんですが、そこのまかないで出されたカキフライに衝撃を受けたのがすべてのはじまりです。牡蠣ってこんなに美味しく食べられるのかって驚きました」
「そ、そんなにすごいカキフライだったんですか……」
「はい、(自分がそれまで食べていたものとは)まったく違ったものでした。衣がふわふわとしていて、牡蠣の身もジューシー。生の食感を残しているぐらいの、火入れ加減で。もちろん火は通っているんですが、食べたことのないようなカキフライだったんです。僕が嫌いだった牡蠣特有の臭みもなく、揚げ方でこんなに違うのかと感動したことを覚えています。以来、まかないでカキフライが出てくると、楽しみでしかたがなかった」
「たった一回のカキフライ体験で、牡蠣嫌いから牡蠣好きに転身してしまったと」
「そうですね。同時に自分でもあんなカキフライを揚げてみたいと思うようになりました。その後、修行中も何度も揚げていましたし、自分の店を出すことになってからもカキフライは期間限定でメニューに入れています。とんかつ同様、とても好評なんですよ。うちの店では広島県産の大きな牡蠣を使っていますが、お客様から『こんなカキフライは食べたことがない』と言われることもあります」
天才揚げ師の
「こだわり」がとってもエグい
ここからは揚げ師としての三谷研究員のすごさに迫ってまいります。まず素材に対するこだわりがすごい。東京X豚や雪室熟成豚など最高品質の豚肉のうま味を逃さないよう、パン粉から揚げ油まで三谷研究員は一切の妥協を許しません。
「パン粉は特殊な成形方法でつくった糖分が少ないパンからつくられたもの。剣立ち(けんだち=花が咲いたように衣が立つこと)の良さを重視しています。また油は一頭の豚から少量しか取れない腸間膜(ちょうかんまく)油を使用しています。この油の特長は融点が高いため、冷めにくいこと。また余熱がきくので、揚げた後にもじわじわと火入れしてくれます。このパン粉と腸間膜油の組み合わせは、個人的には最強だと思っています」
なにより特筆すべきは「低温揚げ」。通常のとんかつは170〜180℃の油で揚げられるものですが、成蔵のとんかつは100℃くらいで揚げはじめ、時間をかけて150℃程度で引き揚げます。さらに、そこから数分間、放置――余熱を利用して、中心までじっくりと火を入れるのです(なおカキフライの場合はもう少し高温で揚げられるが、一般的な温度より低い)。
だから、とんかつの断面がこんな薄ピンク色なのであります!
「肉汁やうま味を外に出さずに、パン粉で包み込んで風味を損なわない程度に火を通す。肉を焼いてしまうとどうしてもうま味は逃げてしまいますが、フライにすれば衣の中にすべてを閉じ込めて、食材がもつ水分で蒸すことができます。揚げ料理は、豚にしても牡蠣にしてももっとも食材の良さを殺さない調理方法だと確信しています」
「【揚げこそ至上なり】――とんかつの概念を覆したとも言われる揚げ師さんの言葉だけに、説得力がございます……。さてさて、そんな三谷研究員に究極のカキフライをつくってもらうにあたり、僭越ながらテーマを決定させていただきました」
「はい、テーマというか条件というか。ずばり、今回のスペシャルなカキフライには……生食用の牡蠣を使っていただきたいと思っております!」
「生食用の牡蠣を揚げる?そのまま食べられる牡蠣を?それはやったことなかったかも……」
「そうでしょう、そうでしょう。通常は冷凍にせよ生にせよ、加熱用牡蠣を揚げるのが定石ですからね。しかも、ただの生食用牡蠣ではございません。広島・大崎上島の塩田跡地で大切に育てられているファームスズキさんの塩田熟成牡蠣を使っていただきます。大人気のブランド牡蠣でございます。しかも殻付き開けたての心臓が動いている状態の牡蠣でありますよ〜!」
「おいおい、マジかよ」
「いや、なんというか……心臓が動いている生の牡蠣を揚げる、なんて聞いたことがなかったもので」
「ふふふ。“美味しいカキフライ”くらいでは、人を驚かせることはできませんからね。『成蔵』さんのとんかつをはじめて食べる人が驚くように、牡蠣食う研が目指す“異次元のカキフライ”は、食べた瞬間に衝撃が走るくらいのものにしたいのであります」
「とにかく、広島県民が、そして観光客のみなさまがそのカキフライを食べて驚き、『広島の牡蠣、ヤバい!』と言わせたいのであります。牡蠣の王国が本気になってカキフライをつくったら、こんなになるんだぞ、というところを見せつけたいのです」
「そのお気持ち、受け止めました。世界一美味しいカキフライ、つくりましょう! 最高の広島の牡蠣の魅力を余すことなく衣の中に包み込み、エキスやうま味を一切逃すことなく、みなさんのお口までお届けいたしますよ!!」
稀代の天才揚げ師の技術×ファームスズキの心臓が動いている新鮮な牡蠣のコラボ。そこで生まれる逸品は、カキフライの概念を覆すのか、それとも……。牡蠣食う研の「白いカキフライ」プロジェクトは、第2章に続きます――。
撮影:米山典子