REPORTvol.4
秘密の調味料「オイスタージュース」の謎を解け!の巻
“ 戦後の苦しい時、牡蠣が我々を助けてくれた。今でも牡蠣に感謝しているんです ” (缶飲料製造会社社長・楠原雄治)
牡蠣のオフシーズンに始めた、牡蠣にまつわるさまざまな加工品の研究レポートも今回で締めくくり。ラストは、牡蠣のエキスがギュギュギュギュギュっと凝縮されているという秘密の調味料、その名もオイスタージュースの謎に迫ります。その歴史は古く、戦後の広島の復興とも大きく関係しているとかいないとか!?「いつか社業の柱に」と、食材の可能性を信じる研究員も現れて…。
(取材・文/牡蠣食う研 楠原雄治、平山友美、月山翔雲)
突然の呼び出し!?
謎の新研究員、現る
暦の上ではNovember。「R」が付く月から…と言われる牡蠣の季節は既にスタートしておるわけですが、我々牡蠣食う研のオフシーズン研究はまだもう少し続きます。というのも、牡蠣食う研の食材開発担当・月山翔雲研究員(本業シンガーソングライター)が、どうしても会いたい人がいると申しておりまして…。
「キョロキョロ…。お、ここか」
「ちょw 月山研究員www 口に出してキョロキョロって言う人見たの令和初ですわ!どんだけファンシーなんでございましょうか!?そして突然私を連れだした、ここは一体どこですか!?」
「こちらはですね、広島市西区中広町にある『楠原壜缶詰工業』の本社です。明治30年に漬物や佃煮を作る会社として創業、広島で100年以上続く缶飲料の製造メーカーなんですよ。ほら、牡蠣食う研さんも飲んだことがある『お~いお茶』とか」
「ああ、なるほど。しかしなぜ我々牡蠣食う研がそのような会社を訪問するのでしょうか…」
とか言っていたら!
「お待ちしていました月山研究員。送っていただいたこのシャツ、とっても気に入っています!」
「楠原研究員、お疲れオイスターで~っす!牡蠣食う研さん、このかたは楠原雄治さん。楠原壜缶詰工業の社長さんです。実は牡蠣食う研のオイスタージュース研究担当として僕がスカウトしたんですよ」
「オイスタージュースって、前回紹介した『フジヤ食肉店』さんの餃子に隠し味として使われていた、あれでございますか…?」
皆様覚えておいででしょうか、牡蠣食う研のオフシーズン研究Vol2で登場した、謎の調味料オイスタージュース。どうやら目の前にいるこちらの男性、楠原研究員が、その謎の牡蠣を…いやカギを握っているようなのでございます。
「そうなんです。それでは行きましょう…(突然牡蠣殻を鳴らす)」
「ハイ、オイスター!!」
「ハッ。いつのまにか『そごう広島店』地下1階に…!これも牡蠣の力なのか…?」
「楠原研究員、これが広島市南区と呉市で精肉店を営む『フジヤ食肉店』さんのオリジナル餃子です。従来使用されていたオイスターソースの代わりに、オイスタージュースが隠し味として使われています。今日はぜひ、こちらも試食していただきたいと思います」
「なるほど楽しみにしています。それでは行きましょう(牡蠣殻を鳴らす)」
「ハイ、オイスター!!part2」
「お待ちしてました♡ ようこそ牡蠣食う研さん!」
「いつの間にか皆様が、牡蠣殻を鳴らして瞬間移動する謎の能力を身につけている…。そして平山研究員まで…!一体これから何が始まるんですか!?」
「何を隠そう本日は、第1回オイスタージュースの可能性を考える会なんです。平山先生には事前にオイスタージュースをお渡しし、調理の隠し味として使うにはどのような手法が考えられるか検討していただいていました。牡蠣食う研さんにも今から、オイスタージュースの魅力とポテンシャルについて、楠原研究員からじっくりお話しさせていただきます…!」
牡蠣の缶詰から生まれた
黒い液体、それが…
そんなわけで嵐のように始まった、「第1回オイスタージュースの可能性を考える会」。しかしその前に私は問いたいのでございます。そもそも「オイスタージュース」とは、何であるか、を。
「実はオイスタージュースは、弊社・楠原壜缶詰工業で生産している商品なんです。簡単に言うと牡蠣のエキスですね。牡蠣の煮汁を2日間くらいかけてじっくりと煮出し、濃縮したものなんです。弊社は缶飲料の製造が売り上げの90%以上を占めていますが、このオイスタージュースの取り扱いが3%くらいあります」
牡蠣の…エキス…。
「取り扱い、とおっしゃるからには、どこかしらに販売をしておられるということですよね。牡蠣エキスにはどのような需要があるのでしょうか?」
「主には業務用としてソースメーカーさんにお渡しして、オイスターソースの原料になっています。オイスタージュースの材料は牡蠣と塩だけなので、これにいろいろと加えてソースにします」
「なるほど…。しかし缶飲料の製造が90%以上でオイスタージュースが3%とお聞きすると、なぜわざわざこの事業をしておられるのかな、と考えてしまうのですが…」
「実はこのオイスタージュースが誕生したのは今から64年前のことなんです。ご存じでしょうか、戦時中の広島は北海道・静岡と並んで日本の三大缶詰生産地として知られていました。それが戦後復興していくなかで、1948年頃から牡蠣缶詰の輸出で盛り上がっていくんですね。アメリカ、カナダ、オーストラリアなどで人気を博していたそうです。やがて、当社も加盟している広島県缶詰協会の技術部会が、これまで捨てていた牡蠣の煮汁を煮詰め、1956年にオイスタージュースとして製品化。三井物産を通じて香港へ輸出するようになったのが始まりです」
「牡蠣缶詰生産の過程で生まれる廃棄物を製品として再活用したわけですね、素晴らしい! あれ、ということは今、楠原壜缶詰工業さんでは、引き続き牡蠣缶詰の生産を行っておられるのでしょうか?」
「いいえ、今は缶詰の生産はしておりません。僕が会社に入った22年前にはもう作っていなかったです。それどころか原料の牡蠣も、5年ほど前からはオイスタージュースのために仕入れて、抽出から始めている状況です。それ以前はちりめん屋さんから、干し牡蠣生産の時に生まれる牡蠣のエキスを購入させていただいて、うちで濃縮していたのですが、そちらもだんだん生産量が減っていて…。ですから今はコストも大変なんです」
原料の確保も厳しく、社業に占める割合も少なく、事業そのものを止めても全くおかしくない状況であるといえる、楠原壜缶詰工業のオイスタージュース事業。聞けば聞くほど、よく続けておられるな…という思いが強くなります。それをなお継続・発展させたいという楠原研究員の思いは、いったいどこから来るのでしょうか。
「それは…牡蠣への…感謝です」
「か、牡蠣への感謝?」
「牡蠣は楠原壜缶詰工業にとって、戦後の苦しい時に助けてもらった大切な食材なんです。明治の創業で今日まで商売を続けられているのは、戦後に牡蠣の缶詰が売れたから。牡蠣に対する感謝がありまして。私がこの会社に入社した1999年には、現在主力として行っている缶飲料の製造以外にも、缶詰、銀杏の水煮、カレーのレトルトパウチなどさまざまな事業をやっていて、正直会社の状況が良くなかったんです。事業を整理して缶飲料を中心にその他はやめていこう、となった時、僕がどうしてもオイスタージュースを続けたい、続けさせてくれ。僕が責任もってやるから!と前社長に頼み込みました」
「なるほど、個人的にも思い入れがすごくおありなんですね」
「はい。細々と続けているオイスタージュース事業ですが、僕はこの食材にまだまだ可能性があると感じています。いつか当社のもう一つの柱の事業となってくれると信じています。かれこれ何年になるかな…アサムラサキさんが牡蠣醤油を出されましたよね?あと味付け海苔、味噌、健康食品。オイスターソース以外にもそういう使われ方がされてきているなと。オタフクソースさんのお好みソースにも、じつは弊社のものではないが、牡蠣エキスが入っています。オイスタージュースも、これそのものを調理の隠し味として、何らかの形で市販したいと考えています」
「ちなみにこれ豆知識なんですけど、楠原壜缶詰工業さんが明治に創業した時は、広島菜漬など漬物を製造販売する会社だったんですよね。その事業も止められたわけなんですけど、実は…」
「娘の名前を菜月にしまして…名前は残しました(照)」
香りが広がる、風味が増す
オイスタージュース料理帖
楠原研究員が牡蠣に向け続けてきた熱い思いを伺っているうちに、キッチンからいい匂いが漂ってまいりました。平山研究員によるオイスタージュースを使った料理の試作が行われているのです。さっそく、牡蠣食う研メンバーで試食させていただくことになりました。
本日のメニューはこちらの3品!
「これはいい香り!牡蠣そのものだけを使うよりも、やはり香りが立ちますね」
「卵炒めは、タイ料理のオースワンにヒントを得て作りました。牡蠣のオムレツみたいな料理なんですけど。炊き込みご飯はオイスタージュースと調味料で炊いて、あとから具材を混ぜ込んでいます。スープはかなりあっさり味です。昆布のお出汁とオイスタージュースとちょっとの塩のみ」
では、さっそく試食と参りましょう!
「もぐもぐもぐ。もぐもぐもぐもぐ。もぐもぐもぐ。おお、これはいい!」
「この炊き込みご飯、しっかり牡蠣の風味を感じますね。具材としても牡蠣が入っていますが、ご飯全体から漂う香りがすごいし、味にインパクトがあります。なんだろうこれ」
実はオイスタージュース単体を舐めても、香りはすれど味はそんなにしないのですが、不思議なことに料理の一部として用いると、牡蠣のうま味が立ち上がってくるのを感じるのです。これはどのような現象なのでしょうか…。
「ふふふ、実はオイスタージュースの使い方にコツがあるんですよ。食材の組み合わせ。オイスタージュースと一緒に牡蠣が持っていないうま味の成分を掛け合わせてやるんです」
「分かります!牡蠣はグルタミン酸、肉はイノシン酸、そして干しシイタケはグアニル酸。平山先生、分かっていらっしゃる。このご飯、普通牡蠣飯っていうと牡蠣とご飯だけになっちゃうところに、先生さすが、豚肉や干しシイタケを入れて、三大うま味成分を合わせているんですね。そうなんです、オイスタージュースは天然のうま味成分だから、あくまで隠し味なんです。ほかのうま味成分と組み合わせ、相乗効果を図ることで真価を発揮するんですよ!」
「そうなんです。豚肉はこれまでの牡蠣食う研の研究でも牡蠣と合うという話になっていましたが、それもうま味の種類が違うからなんです。あ、持ってきていただいた餃子、スープとは別に焼いてみました。付属のタレにオイスタージュースを足してみたので、ぜひこちらで味わってみてください」
「うん、餃子のタレに足すのは面白い!餃子自体も美味しいですが、タレにプラスオンするのはいいですね」
「前回この餃子をいただいた時はレモンの汁で食べたんですが、牡蠣入り餃子タレ、ありですね…!追い牡蠣って感じで。あとやっぱり僕はスープが良かったな!牡蠣が入っていないのに、口の中に入れた時に、味というよりもうま味がふわっと広がるのを感じました。まさに隠し味ですね」
「いやー、ホントにどれも美味しかった!スープは牡蠣自体が入っていないのに牡蠣の風味を感じさせましたし。この炒め物もいいですね。卵と牡蠣の相性はいいなあ。僕は卵かけごはんにもオイスタージュースを入れています。ちょっとでいいんですが、2滴ほどいれると美味しくなるんですよ」
以下、話を忘れて試食に熱中…
計4品を食べ終わったところで、オイスタージュースの調味料としての使いやすさ、個性などについて、料理研究家としての視点から平山研究員の意見を伺うことにしました。現在主にオイスターソースの原料として使用されていることもあり、調味料としての棲み分けが難しいのではないかと考えていたのですが…。
「私はそうは思わないな」
「オイスターソースって、いろんなものが入っているでしょ?このジュースは余計なものが入っていない、エキスと塩だけだからとっても使いやすいです。塩にもうま味塩ってありますよね。塩分と牡蠣そのもののうま味だけだから、ほかのうま味があるものと上手に組み合わせれば、料理全体の塩分が控えめで済むと思います」
「今のオイスタージュースは保存性を高めるために塩を入れている面もあるんですよ。これで、醤油より少し低いくらいの塩分量です…もっと控えてもいいんですかね?」
「いえ、調味料ですし、今日のような感じで使うならこのくらいでいいかなと思います。ある程度は塩が入っているほうが、料理を普段あまりしない人でも使いやすいですし。ただ、やはり牡蠣のうま味だけでは美味しい料理にはしにくいんですよね。なので今日みたいに掛け合わせを意識した食材選びは重要になってきます。あと実際に使う時は、これだけをどこかに直接ジャっとかけるよりは、あらかじめお出汁やほかの調味料としっかり合わせて、全体にまんべんなくかけるほうがいいと思いますね」
「なるほど。平山研究員から見たオイスタージュースのストロングポイントは、何かと合わせた時に真価を発揮することと、余分なものが入っていないこと、この2点ということですね」
「さらっとしているところも、オイスターソースにはない特徴ですね。このくらいのほうが他のものと混ぜやすいです。こういう、そのものには味が付いていなくてうま味だけが入るというエキスで液体ってあまりないなと思いました。意外と今ない調味料なので、使い方がちゃんと伝われば広がるんじゃないかと思います」
使い方が・ちゃんと・伝われば…!
「使い方を伝えるというのはとても重要ですね! 確かに、これだけいきなり渡されても、普段料理をしない人には平山先生のようなアイデアは生まれにくいかも。今後調味料としての市販を考えるなら、レシピ本を付けるとか、使ってもらうためのアシストはあったほうがいいですね」
「お酢とオイスタージュース、バターとオイスタージュースも今度は試してみたいな!和風パスタとか絶対美味しくなると思う。あと焼きそばとかさ~。うん、なんだかいろんなメニュー出来そう!レシピ本作っちゃおうかしら(笑)」
「今日は皆さんありがとうございました。実は今、ソースメーカーさんへの原料供給自体はずっと伸びていまして。このコロナ禍で、けっこう市販のオイスターソースの使用量が増えているみたいで。新規のお問い合わせもいろいろといただいています。だから業務用としては伸びてはいるんです。しかしどこかのタイミングでは、市販品として世に出したいと思っています。その時はぜひ、牡蠣食う研の皆さんもお力を貸してくださいね…!」
「社業を支えてくれた牡蠣に恩返しがしたい」そんな楠原研究員の熱い思いを受け、料理のプロである平山研究員の協力を得て、オイスタージュースの使い方を研究した本日の取材。今回はサンプル品として用意されている少量入りのオイスタージュース缶を使用しましたが、いつか広島の家庭の冷蔵庫には必ず広島産のオイスタージュースがある、という世の中になれば素晴らしいな、と感じさせる取材となりました。我々牡蠣食う研は、引き続きオイスタージュースを応援・研究してまいりたいと思います!
撮影:中野一行
※本記事では出演者の健康確認をした上で、撮影のため一時的にマスクを外しています。
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今回の牡蠣食う研究
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